2010年10月22日

とこやみ 一

 朝、七時五分前、御堂橋の家を出る。今日は縣立高校の入試本番。曇り。學生服の下に厚手のスヱタアを着込んでゐるが、寒い。寢不足の爲か、頭がくらくらとする。

 入試などと言ふものは、他人事に聞いてゐるときは思ひもしなかったが、いざ自分が受けるとなると、隨分と緊張するもののやうだ。健作も昨夜は十二時過ぎまで眠れず、淺い眠りに悶々とする内、いつの間にか朝が來てゐた。

 午前中が國語、數學、社會、午後が理科と英語。羽多岐の合格點は、五百點滿點の内のおよそ四百二十點前後であるらしい。健作は英語と社會が駄目だから、二科目でせいぜいが百五十點前後。つまり殘りの三科目で二百七十點を稼がなければならない。つまり90%の正答率を誇らないと合格は覺束ないといふことだ。

 國語と理科はともかく、數學は結構凝った問題があり、ヘタをすると七十點程度に終はる可能性がある、といふのが正直な實感だ。唯一の希望は、今まではなぜか豫想より本番の成績の方が良かった。健作は物に動ずることが少ないと褒められたこともある。

 ただそれは運動會や校内考試等の成績に限った話で、世の中はさうさう甘いものではあるまい。現に昨夜は言ひ知れぬ不安に襲はれ、眠氣に注意の風邪藥を服んだぐらゐなのだ。

posted by ゆふづつ at 10:00| 日記 | 更新情報をチェックする

いひなづけ 十(竟)

 話は彈むが、夕方の商ひを前に長居も出來ない。藤サも二時半には腰を上げた。四人で店まで行き、それから先は美代ちゃが見送りに隨いた。空は曇ってゐるが、さほど寒くはない。日曜の所爲か車の往來も少なく、何の木か知らないが、街路樹から若葉が生え始めてゐる。

「どうした、鐵坊。今日はいやに元氣がないぢゃないか。美代ちゃに鐵坊ぢゃ、やっぱり鬼に敵はないか」
 確かに。美代ちゃの前に出ると鹽をかけられた蛞蝓みたいになるが、かと言って無理に空元氣を出しても仕方ないだらう。

 藤サが先を歩くのを好いことに、胸ポケットから花のブロオチ、腰ポケットから望遠鏡を出して美代ちゃに渡した。
「おい、鐵。歸りは水上バスに乘らうや。美代ちゃ、乘り場はそこにあるよな」
「えぇ、吾妻橋の向かうに」

「吾妻橋か。日の出棧橋まで行けるな」
「はい」
「美代ちゃ、今日は忙しいのに有難うなァ」
「いいえ、おぢさんも有難う。鐵ちゃも」
 美代子はマヨサが詰めたオデンの飯盒を下げてゐる。鐵が渡した花と望遠鏡はどこやらへ藏ったやうだ。川が近いのだらうか。濕った冷たい風が氣持ち良く吹き過ぎた。

posted by ゆふづつ at 01:00| 日記 | 更新情報をチェックする

2010年10月20日

いひなづけ 九

「アレの繪好きは父親讓りなんださうだよ」
 久代の父寛文は軍人の家に育ちながら、幼い頃からひ弱だった爲、高等學校へ進んだ。その在學中、體育の操練で足を骨折、千葉にある父親の從弟の家に寄宿してゐるとき、五つ年下のタカと出遇ったらしい。

 寛文は退屈すると窗邊で繪を描いてゐたのだが、同じ景色ばかりで飽いて來たところに、遇々通りかかったのが、裁縫學校に通ふタカであった。
「おい、君。なかなか面白い顏をしてゐるね。その顏を描かせてくれないか」と頼んださうだ。タカは妙なことを云ふと思ひながら、正直さうな寛文に一目惚れ、それから毎日、卵だの林檎だのを持って日參した。人の好い寛文が逆惚れするのも時間の問題だった。

 二人は後先も考へず、將來の契を交はしたが、寛文は怪我が治るや、學校を辭め、聖田へ移った。當時すでに無住だった寺を興すといふのだが、當然、収入の道が無い。

 タカの兩親は將來を危ぶみ、寛文との結婚には消極的だったのだが、タカは、「寺はあの人の夢。三年の間だけ手傳って上げたい。その時は私も十八になるから、きっとお父樣お母樣の仰る通りに致します」と親を逆に説き伏せたさうだ。
「どこかで聞いた風な話だがなァ」

posted by ゆふづつ at 17:00| 日記 | 更新情報をチェックする