2010年10月28日

茜雲 一

 十一月になると、ふっこの誕生日が來るが、雪子や芳江にはそれどころではなかった。同じ日に笠掛市の第一回郷土祭が行はれることになったからだ。

 市も大きく發展し、もはや戰前の笠掛町の面影は薄い。歴史の流れだから致し方ないにせよ、舊くからの住民も少なくなり、今や郷土意識は欠片もないと歎く人が多い。一方で犯罪の認知件數が増加、學校を出た後は故郷を捨てる若者も少なくはない。

 そこで笠掛の市政施行十三年を機に、郷土の歴史と文化を見直し、なほ未來に向けて健全な發展を期するといふ、大變結構なのがこの祭らしい。主催は市と市の商工會、實行委員長は郷土資料室長の大倉廣見が引き受けてゐた。

 要するに何か市の催しを行ひ、派手に樂しまうといふ趣向だらうが、市内には春祭、秋祭もあり、郷土祭りにも何か獨自性のやうなものが欲しい。戰前の小學校で行はれた義士廻りのリレー競技を復活するなど、樣々な催しが企畫された。その一環が、新築なった由水小學校體育館での音樂祭であった。

 その音樂祭の企畫と實行方を委ねられたのが上田雪子と芳江であり、晩秋の祭典に相應しい盛り上がりが期待された。とはいへ、出演者への報酬もなく、すべて手辨當での奉仕であるから、藤三郎がグランドピヤノ一臺を寄付するなど、上田家としては持ち出しの一方であった。

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2010年10月27日

とこやみ 六(竟)

 やうやく正門を入る。まだ八時前、時間が三十分以上あった。受驗生控所とある體育館を覗くと、中に數十人。皆、ノートを見たり本を見たり。しかし別段暖かさうでもないから、そのまま裏へ廻る。

 廣いグランドがあり、南側にはテニスコオト。ここも何人か受驗生らしいのがベンチに腰掛けたり、ラヂオ體操をやったり。一段高くなった區畫に石碑、周りに石垣が築かれてゐる。その石垣に腰掛けて見たが、もはや全身が怠く、ひどい惡寒がする。

 これは只の風邪ぢゃなく、流感に違ひないだらうナ。さういへば、惡い風邪が流行るかも知れない、試驗前だから無理はするな、と唐黍が云ってゐたが、まさか本當に罹るとは思はなかった。何と間の抜けた話だらう。試みに頬を思ひっ切り叩いて見るが、目から火花が出ただけ。

 このまま受驗すれば、同じ教室の中の何人か、抵抗力のないのが感染されるだらう。健作は痺れたやうな脚を踏ん張り、立ち上がった。振り向いて石碑を見上げると、

 吾が名呼ぶ 吾が夫子もなき 底闇の
 疑ひもなし 今宵しるしも

 と彫ってあった。羽多高よ、さやうなら。

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2010年10月26日

とこやみ 五

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 頭痛に鼻水。熱も三十八度は超えてゐるだらう。が、このまま行けば七時五十分に着く。八時半迄に集合、九時に試驗開始。あと數時間の辛抱だ。目的地に向かって只管に歩き續けた。

 それにしても他の受驗生は何處にゐるのだらう。まさか自家用車で送ってもらふ坊ちゃん嬢ちゃんばかりではあるまい。と思ってゐたら、羽多岐高校行きのバスが追ひ拔いて行った。中に大勢乘ってゐるのが見える。

 田舎のバスはオンボロ車。梅の香も肥の香もせよ。どうせ私は窗の内。屁を放るより他のことはなかりけり。田舎のバスはオンボロ車。砂利の上の道を。ヒョコヒョコ走る。

 そのバスの尻も、やがて松林を過ぎ、右の木蔭へ消えた。それにしても鼻水がひどい。頭ばかりか、目まで痛くなって來た。

 井中の蛙は目が見えぬ。梅の香も肥の香も分かりゃせぬ。どうせ私は窗の外。屁を放るより他のことはなかりけり。田舎の蛙は見えやせぬ。砂利道の上を。チョコチョコ歩む。

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