2010年08月25日

聖田 十三

 何となく小腹が空いた。芳キも同じなのだらうか、リュックからお結びと澤庵を取り出した。雪母ちゃが一人頭二個づつ用意してくれたものだ。するとみんなの手が伸びて來て、あっといふ間に無くなった。

「足りないねぇ」
 とふっこが不滿さう。確かに、美味いことは美味いが、小さすぎる。握り壽司に毛の生えたやうなものだ。

 すると美代ちゃのリュックから小さな林檎が出て來た。ふっこ、先に手が出て大喜び。
「ちょっと待って」美代ちゃ、手を洗ふ水が無いから、二本指で摘まんで器用に剥く。

 顏が顰まるほど酸っぱいが、躯が怠いから、これがまた美味い。四つあったのが、あっといふ間に消えた。美代子が食べたのは最後の一切れだけ。さすがにみんなが殘してくれた。

 さて、さうなると注目が鐵へ。ふっこのリュックは小さくて當てにならない。一番でかくて重さうなのに寄せられた譯だが、おっとどっこい、こちらは茶碗だのタヲルだの、雪母ちゃが纏めて突っ込んでくれたものばかりだ。
「さァ、行くか。今からなら二時に着く。あんまり遲くなると心配するかも知れないから」
 と鐵は腰を上げた。

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 續いて芳キ、「思ったほど怖くなかったはね」だと。こんなアマの宇受賣命みたいな芳キにも怖いものがあったとは。でも、確かに、ほっとした。御詣りして本當によかった。みんなで御堂に向かひ、二禮二拍手一禮して感謝。


  
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2010年08月24日

聖田 十二

「昔の人はね、自分が今見てゐる世界が全てで、他に別の世界があるだなんて思はなかった。だから、いま自分が見てゐる世界を世と呼び、また見てゐる一つ一つの世界をコトと云ったの。だからコトは世の切れ端みたいなものね。コトゴトはその切れ端の集まったもの。一つ一つのコトを乗り越えて行くのが世だから、世は人の一生でもあるのよ」

「ふぅん。それで、世のコトゴトにって、自分の目が黒い内ってコトになるのね」
 と美代ちゃが感心してゐる。美代ちゃは由水小學校に上る前に東京へ出ちゃったから、笠掛物語など知らない。芳キの勝手な講釋を鵜呑みにしてゐるのだ。

「夜も更け圍爐裏の火が落ちると、忽ち甕の水も氷るやうな寒さに、二人は一つ牀にとも寢することになった。若者が熱心に説き明かす内、えへん、翌朝、一夜の煩惱を悔いた若者は、笠を欅の小木に掛け、川の水に入った」
「いま、話を飛ばしたよ」
 とふっこ。ふっこもこの話は母ちゃから聞いて知ってゐた。

「飛ばしたんぢゃないはよ。若者が熱心に話をしてゐる内に朝が來たんでせう」
 と芳キは強引に進める。ふっこニタニタと笑ひ、美代ちゃ、もぢもぢしてゐる。すゑ恐ろしい餓鬼どもだ。

 迷ひの元となった童も後に随いたが、すぐに足元を掬はれ、川の水に呑み込まれた。後を追った若者が救ひ上げてみると、うつくしいをとめに變はってゐた。

 ちはやぶる渡瀬の水に腰なづむ
 いもは忘れじ世のことごとに

 若者は修行の道を棄て、この邊りを切り開く祖となった。だからこの川を齋の水、訛って由水、この土地を笠掛け、のちにかさげと呼ぶやうになった。

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2010年08月23日

聖田 十一

「ねぇ、その、ももつたふ、って、何」
 と殿軍の美代ちゃが尋いてゐる。しまった。前に入賞した芳キの、確か、

 百傳ふ 八十きざはしに 脚なづむ 忠魂六士の 志や上りけむ

 といふ短歌を出鱈目に捩ったものだが、鐵もよく分からない。

「それは今夜、鐵坊からゆっくり」
 芳キは高らかに笑ひ、「百段にもなりさうな幾十もの石段を登って、脚が草臥れ果てたイモ。お前のことは忘れまいぞ。この目の黒い内は、って言ふんでせう。イモって誰のことか知らないけれど」

「イモって私のこと」
 と、ふっこが云ひ、みんな大笑ひ。三人一齋に後ろを振り向くと、美代ちゃが赤い顏を俯けた。

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 氣が附いたら、御堂の前にゐた。思ったより小さく、古ぼけて呆氣ない。みんな脚が重くなり、軒の橋に腰を下ろした。髑髏の看々踊りが聽こえて來さうだが、もうそれどころではない。芳キが麦茶の魔法瓶を取り出し、プラスチックのコップ四色に注ぎ分けた。

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