2010年08月28日

聖田 十六

 橋の袂へ着き、ふっこと二人で待ってゐると、二三分も後れて三人がやって來た。

「あなた、苗字は何て云ふの」
「吉野」
「あア、この吉野さんがねェ、やはり聖田へ行きたいさうよ。鐵坊も構はないはネ」
 と念を押すから、別に構やしないけど。

「何、鐵、返事はどうなの。はっきりしませうよ。ネェ」
「あァ、俺ァ、別に」
「ださうよ」
 と、今度は五人連れの道中になった。芳キを先頭に吉野、美代ちゃ、ふっこ、鐵の順。澤の道はひんやりと涼しいが、細くて昇り降りが辛い。氣を附けないと崖を落ちて怪我をする。

「吉野さんのお祖母さんが聖田にゐるんださうよ。そのお祖母さんて、あなたのお母さんのお母さんなのね」
 と確かめてゐる。
「さう。それで、あなた自身は、笠掛のどこに住んでいらっしゃるの。……ふぅん。あっ、さう。落合の電器屋さんの……」
 と、芳キはしきりに感心するが、その電器屋の裏邊りに這ひ隱れてゐるらしい。

 母親はマヲトコを作って逃げたとか言ふが、マヲトコとは何だらう。魔女の男版みたいなものか。初め湯地の一軒家に住んでゐたのが、居たたまれずに逃げ出し、最近になって落合へ移った。いづれにせよ、鐵には妙な噂ばかり聞こえて來た。

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2010年08月27日

聖田 十五



 下りも、鐵、ふっこ、芳キ、美代ちゃの順になった。吉野もその後方を尾けて來るやうだ。しかし女ばかりの集團も何だな。何を考へてゐるのか判らない。暑さに加へて餘計に疲れる。

 直ぐ後ろにふっこの氣配を感じ、振り向くと、芳キ、美代ちゃ、吉野の三人が後れ、やや遠くで一塊になってゐる。何だか氣味が惡い。
「ふっこ、脚は大丈夫か。まだ先は長いぞ。疲れたら肩に乘ってもいいからな」
「そのはうが疲れるし、こはいよ。それよりも、うしろの人、なんの用なのかな」

「用なんてないさ。どうせ橋のところでお別れだし」
「さうかんたんにあきらめるかな」
「何を」
「だってあの人、はじめから家のまへにゐたよ」
「俺達が出掛けるときからか」
「えェ。おニイちゃに何かようじがあるんだよ」
「何ぢゃ、そりゃァ」
「こまったこまった」

 それを早く言へよ。さう云やァ、司の道で、づっと先を誰か向かうに走って消えたのを思ひ出した。先回りして鐵たちの行動を見てゐたに違ひない。おそらくは御堂の道に隱れてゐたら、鐵たちが登って來たので逃げ場を失ったのだらう。

 これで謎が解けた。いくらイノブタの徒名のある女でも、一人で御堂に參るやうな無茶はすまい。芳キの話に夢中になってつい油斷したのだが、それにしてもふっこの冷静なのには驚く。鐵もまだ修行が足りないやうなのだ。

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2010年08月26日

聖田 十四

 鐵が石段を降り、「さァ、行くぞ」と聲をかけ、振り向くと、二番手のふっこが御堂を覗き込んでゐる。
 そして、「誰かゐるよ」と。
 一瞬、みんな凍りついた。

 ギーッと、観音扉が開き、
「ゐて惡かったはネ」
 と、赤い顏をした、猪のやうな女が出て來た。
「暑ー」っと、滴る汗を小さなタヲルで擦り上げてゐる。

 みんなキョトンとしてゐるが、女は鐵と同じ組の吉野といふ子だった。大方、一人でこんなところへ來てゐたのが、誰か上がって來るので隱れたのだらう。しかし、「よく入れたなァ」と扉を檢ると、錠も何も無い。二疊ほどの内部には 蟲の骸だの蜘蛛の巢の他に何もなかった。すっかり騙されてゐた。

「確か、一人でここへ來るのは、禁止されてゐるんぢゃなかったっけ」
 鐵が出鱈目を言ふと、吉野はケラケラと笑ひ、
「あんたたち、ひじいだへ行くんだろ。あたいも行くから、一諸に行かうよ。これも縁だから」
 と馬鹿なことを言ひ出した。

「俺たちは、親戚に泊まりに行くんだよ。今日明日は歸らないんだぞ。一人で歸れるのか」
「聖田には婆ちゃがゐるだよ。夏休みの間は婆ちゃの家にゐるだよ」
 と、しつこい。しかし芳キが目配せをし、
「さァ、行かうよ。みんなも、あんたも、行くよ」
 と鐵の背を押した。

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