2010年08月31日

聖田 竟

 奥津城を一廻りし、下へ降りると、サヨサとその父親の墓がある。墓と言っても、澤庵石の少し大き目のやうなのが二っつ竝んでゐるだけ。山の上からの清流が輕やかな音を立て、邊りを櫻の木が覆ってゐる。

 四人、座り込んでゐると、川下から黄色い聲がする。寺の住持亀吉の娘二人だ。ふっこより一つ下の寛子と三つ下の行子。母親の喜美子はマヨサの従妹に當る。その爲か二人とも丸々して、小さい頃の美代ちゃにも似てゐる。下のゐないふっこにはよい妹になるだらう。
「やっぱりお兄ちゃんたちだね」
 と鐵を立ててくれるのも嬉しい。

「もう表に出るのは疲れたから、先に墓參りを澄ましたところだよ。みんな元氣かい」
「元氣だよ。父ちゃは少し齒が腫れたけど」
「また般若湯を呑み過ぎたのネ」と芳江。
 美代ちゃも、「智慧が沸きすぎたかしら」と。

 など、六人で喋りながら降りて行くと、庫裏の背戸が開いた。
「やはり、お前たちだったかい」
 と、タカの薫女樣だ。
「おおばさま、またお世話になります」
 と挨拶する芳キを手で抑へ、嬉しさうに皆を見回してゐる。もう五十を過ぎるが、綺麗に梳いた銀髮が清らで、そこへお晝の陽が降り注いでゐた。

「さァ、暑いから水をお浴び。こちらの水は氷るほど冷たいよ」
 と、皆を内へ招き入れた。この庫裏は昔と變はらない。この匂ひと擦れた板敷、そこにサヨサの母ちゃが座ってゐるやうな氣がする。

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2010年08月30日

聖田 十八

 次に美津繪母ちゃの墓へ上がる。尤も今は鐵の祖母や父親も眠ってゐる。この二人も湯殿に預けられてゐたのを、藤サがここへ移した。ただ鐵は祖母も父親も知らない。數葉の寫眞を見ても、まるで思ひ出すことが出來ない。

 美津繪母ちゃのことも、眞っ先に思ひ出すのは、葬式のときの果物や菓子の美味さ。この世にこんな美味いものがあったのかと思ひ、貪るやうに食った。夜中に母ちゃが出て來て、「うまかもん食へて、よかよか」と褒めてくれた。母ちゃがその爲に死んだのかと思ふと、何だか切ない氣持が込み上げて來た。

 へこさん おまんはどけ 行きやんす

 おいどま 出水に なぐさみに

 そんなら あたしも つれしゃんせ

 こまいこどもは 邪魔になる

 なんのあたいが 邪魔にな あるいな

 そんならけ もうけ あとからけ

 と元氣な聲を張り上げながら、何も食べず、つひに干からびて死んだ。

「こんだ、姉さの墓も出來るんだよネ」
 とふっこが手を合はせながら云ふ。
「あたしの」
 芳キが聞き返すと、
「よかったよかった。これでお墓のないのはあたしだけになった」

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2010年08月29日

聖田 十七

 やうやう聖田へ着いた。吉野とは寺の入口で別れ、四人で奥津城へ囘った。こないだ來たばかりだが、ここへ來ると、やはり懷しい。先づは美代ちゃの父親の墓へ上がる。湯殿に預けられてゐた遺骨を、母娘が東京へ出たあと、ここへ移したのだ。

 大貫家の宗旨は餘り墓參りをしないさうだが、マヨサはよく聖田へお參りをする。その際、一諸に參拜出來るやうにと、藤サが勸めたものらしい。素直なマヨサはその通りにした。美代ちゃはこの父親に似てゐると言ひ、確かに、子供の頃のふくよかな感じが、マヨサとは又別の顏立ちになった。

 變はらないのは、大きく見開いた澄んだ目と、掻けば血の出さうな柔らかい肌とだらう。と、いつか雪ちゃが言ってゐた。そんな細かいことは知らないが、兎も角も、逢ふ度に大人びて行く美代ちゃが、だんだんと遠退いて行くのは間違ひがない。

 笠掛を出たことのない鐵など、こえたご桶に隱れて眺めるより他に仕方がない。これを無常といふか。その美代ちゃが墓石へ水を掛け、用意の花を手向ける。花は淡色の桔梗。美代ちゃによく似合ふ。あァ、見上げる空が青い。

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