2010年07月25日

しらぬひ 六

 薩摩芋やらトマト、胡瓜と色々な野菜をどっさり、籠に容れたのを運んで來た開子に、 
「をばさま、いらっしゃいませ」
 と、ふっこが西の間から出てご挨拶。さすがに繪日記や宿題帖ばかりでは退屈なのだらう。ちゃっかりと食卓に着いた。

 茹でたソーメンには生姜の卸し、冷たい汁まで附いてゐる。カツブシの芳ばしい匂ひもする。かうなりゃ仕方ない。早めの晝食を摂ることにした。

「いつも持って來て戴いてばかりで、申譯ありません」
「あなた、體は丈夫さうだけれど、家事が大變なのが分るから氣にすることはない。そんなことよりもさぁ」と開子の話は續く。「芳キは來年、どうするの。やっぱり、貴女と同じ」
 舊制羽多岐高女、今の新制羽多岐高校へ進むのかと尋く。

 が、正直、來年のことまで想ったこともない。
「晴美ちゃんはねぇ、やっぱり羽多岐へ行くみたいよ」
 と開子は云ふ。

 芳江の雙子の姉である晴美は、生まれて直ぐ母親に死なれ、小學校の教員をしてゐる夫婦の下へ養女に出された。祖母に育てられた所爲もあり、少し神經質で内氣な感じがする。見た目はともかく、苦勞した芳江に比べ對照的とも言へた。

 家は湯殿にあるが、羽多岐にも近い。芳江の姉であるから、やはり努力家なのであらう。
「でも苗字の違ふ二人が、同じ學校にゐたら、みんな何だと思ふでせうね」
 芳江の空っとぼけた顏、二人は聲を立てて笑った。

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2010年07月24日

しらぬひ 五

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 今日は北の六疊の蟲干しをする。中身は殆ど着物や我樂多といったもので、殆どサヨサの愛用品ばかり。彼女は今も忘れられぬ人であった。藤サにはもちろん、芳江や鐵、雪子にも。

 氣温がどんどん騰がる。途中、電話があり、大倉夫人の開子からだ。偶には息拔きをと呼び出されたが、蟲干しの件を告げると、向かうから來るといふ。何やら用事がありさうな感じ。ともかくも晝食持參の有難い訪問だと云ふ。

 寢室と庭の往復で大汗を掻くうちに郵便が來た。一通は湯殿の晴美から芳江への葉書。細かい字がびっしりと書かれてゐる。二人は一卵性の姉妹だが、生まれて間もなく離された所爲もあり、見た目も性格もやや異なる。

 男らしい鷹揚な芳江に對し、春ちゃんの方は感情が濃やかで女の子らしい。これも藤サの云ふ、この家は變はってゐるから、それが普通だと思ってゐる所爲であらうか。

 もう一通は東京の美代ちゃから鐵に宛てた往復葉書で、何やら朝顏みたいな花の繪が描いてある。彼女からは月に一通は來るが、鐵が返事を出してゐる氣配はない。無言の往復はがきがいぢらしい。

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2010年07月23日

しらぬひ 四

 遅めの朝食が終ると、みな、それぞれに散った。市議を辭めてからの藤三郎は、とくに何をするといふでもなく、ただ忙しげに飛び囘ってゐる。今日は不動産屋に行くと云ひ、「晝ごろ電話を入れる」と、普段着のまま出た。

 芳江の午前中は中學の音樂部の稽古らしい。音樂部は小學校時代のやうな華やかさはなささうだが、ちょっとした室内樂團のやうな演奏をしてゐる。いづれにせよ夏休み中には芳江たち三年生は手を引き、後輩にバトンタッチするらしい。部長の芳江も何かと氣忙しさうにしてゐた。

 鐵は町の少年蹴球倶樂部のメンバーに選ばれ、夏休みになってからは連日、夕方まで練習して來る。五年生の中でも小柄ながら、眞っ黒に日燒けし、逞しい少年に育ってゐた。用意の辨當を手渡すと、ニッコリ白い齒を見せ、背戸から勢ひよく出かけて行った。

 しかしふっこは今日も出かけないやうだ。朝食を終へると西の八疊間へ引き込んだ。小學校に入って初めの一月二月は、よく二三人の同級生を連れて來たが、最近はその姿も見ない。雪子も子供時分はさうであったから何とも言へないが、やはり我が子は人竝になって欲しい。

 歳の離れた姉兄たちに圍まれ、ませてゐるのは仕方ないにせよ、或は實父讓りの性格なのかも知れない。ちょっと雪子にも分からない妙なところが氣懸かりでならない。藤サに零すと、「なに、この家はみんな變はり者だから、それが普通だと思ってゐるんだらう」と、こともなげに云ふのが、餘計氣になる。

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