2010年06月24日

忍ぶ草 十

 預かる、とはどういふことだらう。
「鐵坊はいま、ちょっと外へ出てゐますから」
 と探しに出ようとすると、
「鐵坊はもう宅へ着いてるでせう。いま來たとき、裏の道にゐたから先に行くやうに言っておいたは。芳キが歸ったら、彼女にも晩御飯の前に來るやうに言って頂戴。大丈夫、宅には主人がゐますから。もちろん藤サも承知の上のお話」
 だと。

 雪子の不承顏に開チャは、
「あなた、少し疲れてゐるやうだはよ。いいこと、私が言ったの内緒」
 と口に閉ざしした。
「夕べね、内の人が島田醫院へ見舞ひに行ったのよ。いいえ、あなたが倒れたと聞いたもんだから。行き違ひになって、あなた達には遭へなかったけれど、内の人も心配してゐるのよ」

 父の診立てによると、雪子の體に特に異常はないが、妊娠と疲勞のために毒素が溜り、顔が浮腫み、榮養不良の状態だと言ふ。このままだといづれまた倒れる。そのときはお腹の子も危ない。と脅したらしい。

「先生はね、御自分の身内だから遠慮して仰らないけれど、これが御自分の患者さんなら、向かう十日ほどは安靜にし、樣子を見た方が宜しいと言ひたいのでせう。で、内の人と相談して子供達を少し預からうって話になったのよ」

 何だかふはふはと力が抜けて行くやうだ。急に貧血になって、また目眩ひがし出した。お腹の子はおとなしくしてゐるが、代はりにドキドキと胸が高鳴った。

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2010年06月23日

忍ぶ草 九

 開チャの手土産は晝食のお辨當。なぜか誂への一人前だ。
「あなた、初産なんだから、念のため病院で産んだらどうなの」
 と開チャが勸める。確かに病院には産科もあるが、病人ぢゃあるまいし、雪子には母親の順子だけで十分。順子もそのつもりで、いろいろと世話をしてくれる。

 が、開チャがさう心配してくれるのを無下にも出來ず、
「そのときはお暇を戴いて、何日かは實家の方に」
 と思ひつきを言ふと、
「うん、その方がいい」
 あっさり贊成してくれた。

 サヨサの亡くなったあと、八畳の間に小さな佛壇が供へられた。そのために態々、母屋の一部に改造まで加へたらしい。藤サは毎朝、これに拜禮し、手厚く燒馨してゐる。雪子も朝夕、そのやうにしてゐる。知らぬ者が見れば雪子を後妻のやうに思ふだらう。

 開チャも燒馨し、縁側へ囘った。雪子もここへと誘ふ。
「早いものね。つい百ん日も前まで、ここにかうして元氣でゐたのにね」
 と嘆息を吐く。

 が、厨で茶を入れながら、だんだん鐵坊が心配になって來た。ナナを連れ出してから、もう二時間にもなる。小さいのに隨分としっかりした子だが、それにしても、まだ四歳。と、そこへ開チャ、
「あぁ、ご免なさい、藤サの傳言、暫く東京へ出張しなけりゃならないんですって。だからその間、芳キと鐵坊は預からして貰ふはよ。子供達がゐると、あなたも休めずに大變だから」

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2010年06月22日

忍ぶ草 八

 藤サが出かけると、家事の山が殘る。これを必死に片附けようが、放ったらかしにしようが、この家では誰も文句は言はない。のみならず、假令この家を全て赤ペンキで塗り替へても、誰も驚かないだらう。これは藤サの會社を經るやり方と同じなのだ。

 だから二人の子も、おのおの氣儘に動いてゐる。ついこの間まで何處の馬の骨とも知らぬ他所の子であったとは思はれない。もう十年もこの家に住んでゐるやうな顏をしてゐる。雪子も無論、さうだ。自分の借りてゐる離れは寢に歸るだけ、寢る以外は全て母屋で事足りてゐた。だいち、世間の評判では雪子は藤サの後妻だといふことになってゐる。

 かはいさうなマヨサ母娘を追ん出した性惡女だ、何の慮りがあるものか。その上、お腹の子は藤サの子、それを知ったサヨサが憤死したとまで言ふ。藤サはそれを放っておけと言ふが、やはり心がちくちくと痛むのは仕方ない。胸を張りながら、心の裏側は涙の土砂降りが續く。藤サもエラさうにいふ割に酒量が増え、しかも頬が日増しに痩けて來た。

 あの日、雪子がここへ來さへしなければ、サヨサはまだ元氣だったかも知れない。藤サが雪子など拾ひさへしなければ、子供達も母親を失ふことはなかった。二人は同じ屋敷の内にゐて、心の鬼に苛まれる同志であるかも知れない。などと、あれこれ考へながら洗濯を終へたところへ、開チャが來た。

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