2010年03月28日

かんな 六

 藤三郎が歸り、六人が揃った。
「吉きはピヤノをやるさうぢゃないか」
 吉きとは芳江のことらしい。芳江は頬を赤らめながら、こっくり頷いた。藤三郎はその右側に座り、子供たちは左囘り、年の順になった。

「四五日したらピヤノが來る。音のいいのなら、いいんだがな」
 さう云ひながら、得意さうに瑶代の酌を受けた。何だかいつもとは違ふ。もう出來上がってゐるらしい。

 しかし芳江のピアノは火事で燒けた。そんな生傷に觸れていいのか。久代の心配を他所に、藤三郎は平氣だ。「おっと、忘れてた」と土間に這ひ出し、外へ出て行った。

 表でガタガタ、瑶代が何やら手傳ってゐる。やうやく、「っこらせう」と持ち出して來たのが、重さうなテエプコオダ。取っ手まて附いた大層なものだ。
「文明の利器といふより。夫面の力だな、こりゃ」
 と譯の分らない駄洒落、獨り悦に入ってゐる。

「何の機械でございませう」
 瑶代の問ひに、
「音を録る寫眞機みたいなものかな」

「へぇ、音を録るんですって」
 美代子が乘り出、鐵も觸りに來ると、
「よぉし、あとで吉きの部屋へ持ってかう。飯が濟んだらみんなの聲を録ってみようか」
 とまるで子供のやうにはしゃいでゐる。無表情な芳江まで歡んでゐるのを見ると、何やら久代まで嬉しくなって來た。

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2010年03月27日

かんな 五

 藤三郎のゐない晝餉も賑やかになった。夫婦二人のときは久代が北側に着いて給仕し、藤三郎は東向きに座ったが、瑶代の母娘が來たあとは瑶代が北、久代が東、美代子は初め東北にゐたのが、藤三郎によって南へ囘された。鐵は美代子と久代に挾まり、芳江は藤三郎の右にゐる。

「芳江ちゃんは、なぜ芳江といふの」
 皮切りに久代が尋ねた。同じやうな問ひに鐵は、「ガネンコだから」と應へた。そのときは分らなかったが、ガネンコとは蟹の子のこと。鐵が生まれたとき、父親が泥醉して蟹歩きしたので、さう名づけたと、母親の美津繪が渡邊に話したさうだ。

 ガネ、カニではいくら何でもと、カナ、カンナと呼んだのだらう、と渡邊は言ふ。蟹は自分の甲羅の形にしか生きられない、自分の生まれた儘、思ふ通りに生きてみろとは。いかにも美津繪らしい話である。

 芳江は少し考へたあと、「母は私を産んでぢき亡くなりましたから、聞けませんでした」と言ったが、久代が落ち込むのを見て氣の毒に思ったか、「姉がハルミといふ名前ださうですから、廣々とした入り江の風景に準へたのかも知れません」と、なるほど尤も。畏れ入りました。

 しかし自分が養女なのを知ってゐたとは、意外といふべきか流石といふべきか。姉がゐるといふ話も初耳だ。あとで藤三郎に問ひ合わせてみなければならぬ。

 そのあとは名前談義になり、藤三郎は父親に富士山朗と名づけられたが、母親がそれでは長すぎるからと藤三郎に落ち着いた話、鐵の蟹の話などに咲いた。

 久代の両親は、男なら五月日と書いてサツキ、女なら五月夜と書いてサヨと、生まれる前から決めてゐたらしいが、女の子は舊暦の五月闇に死んで生まれた。そこで翌年、ふたたび惠まれたサヨは久代と名づけられた。正しくはヒサヨだが、いつの頃からかサヨと呼ばれてゐる。

 それに習った譯でもないが、久代は瑶代のこともマヨさんと呼び、今は藤三郎や美代子までマヨさん、マヨサァなどと呼ぶ。
「でもマヨさんのタマはもちろんタマ。吾が欲しり野鳥は見せつ底深き阿胡根の浦の珠そ拾はぬ。中皇命の仰る通り、深い眞珠はさう簡単には現れないものよね」

 やうやく順番の囘った美代子が、「美代子は、ねぇ」
 と始めたとき、表の玉砂利が鳴った。
「ごめんね、美代ちゃんのはあとでゆっくり」
 と話の腰を折られた。

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2010年03月26日

かんな 四

 芳江デヴユの翌日は日曜だったが、藤三郎は朝から東京へ。久代も敢へて子供たちを放って置いた。芳江は昨夜寢た西の洋間へ引き上げるかと思ひきや、何だか美代子に誘はれ表へ出てゐる。鐵も一緒だ。

 キ合五百坪ほどの敷地は、離農して荒れてゐたのを藤三郎が買ひ取ったもので、東側に茅葺の離れがある。小さいとはいへ、嘗ては立派な養蠶農家だったらしく、瑶代たちが住むことによって見事に蘇った。西側に菜園があり、上田家の野菜を賄ってゐる。

 離れの戌亥、茅葺の納屋を挾んで母屋がある。夫婦が結婚の際に新居として構へたもので、當初は廣すぎたものが、今はむしろ手狹な感じさへする。廚の東に納戸と玄關、南に八疊、六疊、西に六疊、厠、浴室を挾んで八疊の洋間。

 この洋間は不思議な部屋で、書架など設へられてゐるが、他に家具も無く、掃除以外に入ることもなかった。昨夜から芳江が寢んでゐるが、まるでその爲に五年も待ってゐたやうな按配だ。その主である芳江の手荷物は、衣類の他に筆記具、二學期まで無遲刻、無欠席、オオル5の成績の載った通信簿など。

 晝近くになって子供たちが、芳江を先頭に鐵、美代子と、出たときと逆の順番で歸って來た。知らない者が見れば本物の姉弟かと思ふだらう。芳江の手に草が見える、何かと思へば蓬、さしも草、潔癖の乙女。

 かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを、と昔聞いた風な歌を思ひ出した。まだ花は咲かないが、秋に咲く筈の言葉は、靜穩、めをと愛、不安、密かな愛。

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