2010年02月18日

あんでら 五

「しかし、縁といふのは不思議なもんだねぇ。寄り合ひには兼崎の家から佳代子さんしか出てないんだ」
 タカは立って、筐から一葉の寫眞を出した。もう記憶にはないが、中庭で撮った、あの日のものらしい。出征前の叔父を中心に、二十數人が竝んでゐる。

 幸ひ薄い佳代子は最後列右端、洋裝の胸に赤子を抱いてゐる。最前列、やはり右端に和江と久代。髮型や服裝を除けば確かに似てゐる。
「こんな寫眞、初めて見たは」
「私もだよ。でも撮ったのは、どうやらお父さんらしいね。寫眞嫌ひな人だったがねぇ、この集ひは出征の壯行會だったんだよ」
 なるほど、確かに寛文の姿がない。 

「なにしろ兼崎の家は佳代子さんに嫁がれたあと、父親が病氣がちで、母親と次女の二人が店を切り盛りしてゐたらしい。たぶん、その頃東京にゐた佳代子さんが代はりに出たんぢゃないかって、あの人、上田さんは仰有ってたがね。東京から汽車で二時間、氣輕に出掛けてみたものの、赤ん坊を背負っての山歩きだからね、町でリュックを誂へたってことも有りさうな話だよ」

「佳代子さんのご主人は、まだ歸っていらっしゃらない」
「ああ。ご主人の母御さんが御存命ださうだがね」
「佳代子さんの御両親や妹さんは」
「ご両親は亡くなった。妹に志津江さんといふ方がいらして、藥屋の方を繼がれたさうだ。この寫眞もその方からお借りしたんだと」

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2010年02月17日

あんでら 四

「つまりカヨ子さんは、お父さんの又従妹に當る譯ね」
「さうなるかね。この佳代子さんて人が司法官の家に嫁いでゐて、戰爭中に滿洲に渡ったまま行方知れずになってゐるんだと」
「あの方が調べてらしたの」
「さうだよ。さきおとつひだっけ、あれから町役場へ出かけて、それから兼崎まで出張ったらしいよ」

「ふうん。それにしても滿洲で笠掛の人と出遭ふなんて、何だか不思議な巡り合はせ」
「上田さんは信州のお人だがねぇ、こちらへは態々搜しに來られたんだよ」
「さうだったの」
「でも、お前のその顏、何かピンと來られたんぢゃなからうか」
「私の顏」

「さうさ。あの御遺品ね、さういへば、戰爭がまだ激しくなる前、ここで親戚の集まりがあったんだよ。お前がまだ小學校に上がるか上がらないかの時分だった。そのとき、赤ん坊と小っちゃな娘さんを連れた母親がゐて、あれに似たリュックを負ぶってゐたやうな覺えがある。中に襁褓を一杯に詰め込んでゐてね。名前なんかすっかり忘れてゐたけれど、年恰好と言ひ何と言ひ、佳代子さんていふ人にぴったりと合ふぢゃないか」

 そのとき集まった大勢の中に、カズエと呼ばれる子がゐた。年が近い所爲もあり、二人で仲良く遊びさへした。「でも、カズエちゃんなら」、と久代もやうやう思ひ出した。「私と一つしか違はないはず」

「細いからこどもに見えたんだらう。お前たち、すらりとしたところなんかよく似てゐた。佳代子さんとお前は四代前の祖を同じうしてゐるんだからね、どこか面差しが似ても不思議ぢゃないだらう。お前のそののっぺりと空っと惚けた顏、お父さんの方の血筋なんだよ」
 と、立派な鼻を持つタカが笑ふ。

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2010年02月16日

あんでら 三

 それから四五日、何事もなく過ぎた。母親のタカと二人の晝食を攝ってゐるとき、
「今朝方、お前さんの留守にね、また入らしたよ。薪をどっさり背負ひ込みなさってな」
 とタカが口を切った。すると、「誰が」と問ふまでもなく、久代の顔が火照った。

 あれから歸宅した母親に藤三郎のことを話すと、タカは甚たく感心し、「へぇ隨分と奇特なお方だね。お前、隨分と氣が合ったやうぢゃないか」などと云った。

「それで、うちにね、稚兒さんを置いてみないかと云ふんだ。山奧の女所帶だからと心配してくれるんだらうけれど、稚兒さんと云ってもねぇ、あとあとのことまで考へると荷が重いから、生返事をしてゐたんだよ、そしたら薪を全部置いて行き爲さった」

「薪を」
「さうだよ。見てご覧、釜口にどっさりと積んであるから」
 しかし、なぜ薪なのだらう。わざわざ山奧まで薪を運んで來る藤三郎とは一體何なのだらう。
「薪をねぇ、變な人」
「さう、變な人ですよ、あの人は。でも、いいぢゃないか。久し振りに湯が沸かせるんだから」
 腰痛に惱むタカは喜んだ。

「それで、カヨ子さんのことは分らずじまひなの」
「いえいえ、それが分ったさうなの。お前、寛海さんのことは知ってゐるね。この人の孫に佳代子さんて人がゐるんだって」
 寛海は久代の曽祖父の弟、つまり久代の父寛文の叔父に當る。根津の家の祖は當時駿河にあり、明治の頃に寛海が湘南の兼崎に出、藥種商を始めたと聞いてゐる。

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