2018年02月08日

言祝 二

 淺間は晝食を終へたあと、例によって三十分ほど話し込んだあと歸った.肝心の見合相手のことは何も言はない.ただの勤め人で、年はカツより下だと言ふ.カツの方からもそれ以上は聞かない.人の緣は何がきっかけか分からない.今までも七度も社長などが口利きしてくれたが、どれも事前に聞いてゐたのとは似ても似つかない人ばかりだった.すべて向かうから當り障りなく辭退して來た.

 好い氣持はしない.直ぐに忘れるが、賣れ殘りの店晒しといふ事實は殘る.これでも十七八の頃はころころ丸い顏をしてゐたのに.鏡を見るたびにため息しか出ない.その氣持がますます皺となり弛みとなって中年のいやらしさを釀し出してゐる.

「お歸り」
「ただいま」
「最近、早いね」
「顏色が變」
「ちょっと.風邪かな」
「いや、ピンク色だ.何かやらしいこと考えてゐたね」
「そんなことないよ.熱がある」
「いやいやいや、またぁ」
「大人をからかふと抓るよ本當に」
「顏が眞っ赤っ赤だよ」

「ところでお前、笠掛のヨシキちゃんたちと喧嘩したんだって?藤さが心配して電話くださったよ」
「喧嘩なんかしてない.ただ、これからはお互ひに大人として獨立しようよと言っただけ」
「アメリカがイギリスから獨立したようなものかい」
「それ喧嘩ぢゃない.そんなんぢゃなく、まぁいいや.心配は要らない」
「お前の初戀の人なんだろ.カナちゃんは」
「昔はさういふ戀もしたなぁ」
「ぷっ」

posted by ゆふづつ at 20:42| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする

2018年01月13日

言祝一

 靜の夏休みが近づいたある日、淺間さんがやって來た.今日は平日だが、社長が出張の代休をくれた.淺間は例のごとく手料理の辯當を持ち寄り、二人だけの晝食をする.

「へぇ、なに、これ?キウリの匂ひがおいしさう」
「あぢの酢漬けよ.お刺身用のあぢ」
「これメロン?」
「さうよ.實は主人のボオナスが出たの.主人はかういふのが好きなのよ」
「へぇボオナスかぁ.私もおこぼれに與ろっと」
「これも夕食、二人分.冷藏庫に入れておくからね」

「ありがたう.今晚はご飯炊くだけで濟むは」
「で、靜ちゃんは、何か言ってた?」
「何も言はないけど……」
 實は數日前、淺間がかつの見合話を持って來た.三十に近いかつを心配してのことだ.かつとしても良い話ならと思ふが、心配は靜のことであった.

 靜の母親のタケは退院の見込みが立たない.靜には内緒だが、いつ容態が急變するとも分からない.醫師からはさうおどされてゐた.かつとしては靜を本當の妹だと思ってゐる.たぶん向かうもさう思ってゐるだらう.密かな自負もあった.
 が、當の靜は盛んに自分の身の振りについて豫防線を張ってゐる.母親のタケからさう言ひ含められてゐるのかも知れないが、靜らしい本心にも思へる.
 情が濃やかだが、その分強情なところもあって、親戚を盥囘しにされた揚げ句、カツにお鉢が囘って來た.捨て鉢でふてぶてしく見えるその裏で、どれだけ傷つき涙を流して來たことか.

posted by ゆふづつ at 23:23| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする

2017年09月23日

五五菊しんぶん 十一

「人生は短いが、技術は長い」という言葉がある.もっと長く生きたら、多くの技術を磨き究めることが出来るのに、という嘆きのようなものらしい.ギリシア時代のヒポクレスという医者の言葉だという.

 べートーベンはこの言葉をもじり、「人生は長いが、芸術は短かすぎる」と言ったらしい.苦しい人生の中で、芸術に熱中できる時間が少なすぎる.耳の病気、腸の病気、肝臓の病気と、たくさんの病気を持っていたベートーベンらしい言葉だ.

 しかし、こういう風に人生のつじつまが合わないのが世の中なのではないか.ものごとの平仄が合わないというのはむしろふつうのことなのだ.だから私はこう言う.「人生は短いが、世の中の長さには十分に足りる」と.

 ではみなさんごきげんよう.長い夏休みが短かすぎないように.

(記事 五年五組 藤原しづ)

posted by ゆふづつ at 22:13| ノンカテゴリー | 更新情報をチェックする

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