2017年09月23日

五五菊しんぶん 十一

「人生は短いが、技術は長い」という言葉がある.もっと長く生きたら、多くの技術を磨き究めることが出来るのに、という嘆きのようなものらしい.ギリシア時代のヒポクレスという医者の言葉だという.

 べートーベンはこの言葉をもじり、「人生は長いが、芸術は短かすぎる」と言ったらしい.苦しい人生の中で、芸術に熱中できる時間が少なすぎる.耳の病気、腸の病気、肝臓の病気と、たくさんの病気を持っていたベートーベンらしい言葉だ.

 しかし、こういう風に人生のつじつまが合わないのが世の中なのではないか.ものごとの平仄が合わないというのはむしろふつうのことなのだ.だから私はこう言う.「人生は短いが、世の中の長さには十分に足りる」と.

 ではみなさんごきげんよう.長い夏休みが短かすぎないように.

(記事 五年五組 藤原しづ)

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2017年08月22日

五五菊しんぶん 十

きのう、先生がソクラテスの話をされた.ソクラテスは、「あなた方は食うために生きているが、私は生きるために食う」と言ったそうだ.

 このふたつの生き方をよく見てみよう.

 まづ「食うために生きる」とは、例えばサラリーマンのように、働く生活をしておまんまを頂くということだろう.働かなければ食べられないから死んでしまうと言う.当たり前の話だ.

 では、ソクラテスが「生きるために食う」とはどんな生き方なのか.食う生活をして生きるということだ.「豚みたいだ」と誰かが言った.ソクラテスはただのた豚なのだろうか.

 人間にとって大切なことはただ一つ.生きることである.裸になって鏡の前に立てば、人間がどんな生き物なのか、よく分かるだろう.眼を開けて匂いをかぎ、息をし、口を開けてしゃべり、物を食べる.次にお乳を子に飲ませ、さらにおヘソの下を見ると・・・

 これが人間である.人間がどんな生活をすべきか、明らかである.人間の体は人間がデザインしたものではない.誰かに作られたのである.人間はかんたんに言えば、食う動物である.生きるとは食うことである.だから食べることが生活なのである.食うために生活するのではない.食うことが生活なのである.楽しく生きるとはおいしく食べることである.

 なのに君たちは食べるために生きている.生きていることは手段に過ぎない.目的のためにしかたなく生活している.何というあわれな人生であろうか.

 そこでソクラテスは言う.「幸せになりたければ、目的など考える前に、今の生活を楽しみなさい.でなければ生きているかいもないだろう」と.

 ここで私は提案したい.ふとったソクラテスになれと.

(記事 五年五組 ソクラテスしづ)

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2017年08月16日

五五菊しんぶん 第9号

 きのうの給食の時間、みんなが食べ始めてしばらくしてから、
「なんじゃこのパン.変な味じゃなあ」
 と誰かが言い出した.
 また、
「まずくて食えねえじゃんか」
「捨てちまおうよ」
 などと言い、中にはゴミ箱に投げ捨てようとした人も.

 すると、谷口くんが、
「もったいない.捨てるんならぼくにくれ」
 と言いました.すると何人かが、「それならくれてやる」と、谷口くんの机の上にパンを置きました.谷口くんはうれしそうに紙に包みました.

 そのとき、校内放送が、
 「本日の給食に出ているパンはいつもと違う味がしますが、これはパンに塩が入っていないためです.ふつうに食べてもだいじょうぶですから、そのまま食べてください」
 と言いました.すると誰かが、
「何だ、食えるのか.ほんだらオラも食うわ」
 と言って、谷口くんからパンを取り返し、せっかくのパンが、あっという間に無くなりました.

「なんじゃこのパン.変な味じゃなあ.これはパンに塩が入っていないためです.ふつうに食べてもだいじょうぶですから、そのまま食べてみよう」
 と思って食べていた仲間は何人いましたか.手をあげて!

(記事 五年五組 藤原しづ)

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